南極の風に吹かれて

タグ:よみもの ( 1 ) タグの人気記事

外出禁止令

f0318818_12502717.jpg


数個の低気圧が、南極大陸のまわりをぐるぐると回っている。
その中のひとつが発達して、昭和基地に近づいて来た。
ブリザードという、台風並の風を伴った雪嵐が昭和基地を襲う。
「風速20m/s、視程200m。これからさらに悪くなる予想です。」
越冬隊長からの電話に、気象棟で観測中の隊員が答える。
まもなく「外出禁止令」が発動されるだろう。
そうなれば、基地の建物からは絶対に出ることが許されない。
ブリザードは、空からたくさんの雪を降らせると同時に、地面に積もった雪を強い風で巻き上げる。
そうなると、空気中を雪の結晶が大量に乱舞し、視界の中は真っ白になる。
”視程”というのは、見通し距離のことだ。
視程200mならば、200m先のものまでは見える。
しかし、ブリザードが強くなると、窓の前2mほどの外灯の明かりが、かき消されるように見えなくなる時がある。
「手を伸ばした指先が見えなくなることがある」と、南極の先輩が語るのを聞いたこともある。
強い風、真っ白な視界。
北の海からの風は、比較的暖かく、冬でもマイナス10℃を上回ることもある。
しかし、こんな時に外に出れば、まっすぐ歩くことも困難。迷子ともなれば命の保証はない。
「まもなく外出禁止令をだします。移動が必要な隊員は、今のうちに移動してください。」
隊長のアナウンスが流れる。
ブリザードは2、3日続くこともある。24時間交代で観測を続ける気象隊員の場合、移動できなくなる前に交代要員を送り込み、缶詰状態で観測を続ける。
「石井さん、Aさん、Bさんと一緒に気象棟に行ってください。」
ブリザードの時の移動は、必ず2人以上と決まっている。
一人では、何かあった時に危険だからだ。
こうなることを予想して、準備はしておいた。
分厚い羽毛服上下、帽子、ネックゲーター、ゴーグル、薄手の手袋、厚い毛糸の手袋、牛の一枚革の手袋、”D靴”という特別仕様のごつい靴で身支度を仕上げる。
仕事道具と暇つぶし用の本、カメラなどが入ったザックを背負い、腰にロープを結びつける。
ロープのもう一方の先には”カラビナ”を付ける。これは、命綱だ。
昭和基地の建物と建物の間は全て、ロープが張り巡らされている。
このロープに命綱のカラビナを掛けて歩けば、必ず建物にたどり着く。
ブリザードで迷子にならないための知恵だ。
ほかにも、出入り口やロープの途中などには目印の旗が立ててあったりと、そんな工夫が昭和基地にはされている。
複雑なシステムは要らない。むしろ、簡単なほうが保守しやすく間違いもない。
絶対に命を落とさないという目的が達成されることが重要だ。
すぐ隣にある危険、死。なにをするにもそれ抜きに考える事は出来ない。
しかし、徹底してそれがあったから、たとえば冬山登山よりもむしろ「安全」だと感じたのも事実だ。
危険も安全も些細な事であると、極限がそれを教えてくれる。
[PR]
by antarctic_mouse | 2013-11-14 22:19